いつの間にか夢を語れなくなっていた自分が情けない

今回は少し暗い?お話。

センチメンタルになった僕の夢についての話です。 

2018年4月某日 

東京に引っ越してきたとき段ボールの開梱を手伝ってくれたおばさんから

聞かれた一言が忘れられない。

 

「何か目指しているんですか?」

 

新学期、新年度のシーズンもあってか

僕のことが、" 東京に何かを目指してきた若者 "に見えたのだろう。

 

僕はその質問の回答に窮した...

なんせ、就活して就職して東京勤務になって、引っ越してきただけだからだ。

特に何も目指してなんかいなかった。

ただ、" 就職した会社で働く "ってだけで夢という夢も見ていなかったのだ。

 

僕は、

「そうですね...目指しているというか新入社員なので、早く仕事を覚えて活躍したいですねーあはは。」

という無味乾燥な返事しかできなかった。

 

我ながらくっそつまらない解答だと今になっても思う。

正直、恥ずかし!穴があったら入りたい!

 

それを聞いたおばさんはおばさんで、

「あら、そうなの??」「健康には気をつけて頑張ってね」

みたいなことを気を使っていってくれた。少し残念そうではあった。

 

人に語れるような何か夢を持っていない自分が情けなかった。

夢を語れなくなっていた

いつから夢みたいな夢を見なくなってしまったのだろう?

いつから現実的なことばかりしか見なくなってしまったのだろうか?

きっと、いきなり夢を見なくなったんではない。

だんだん、だんだんと年を重ねるにつれて現実に目を覚まされたのではないのだろうか。

 

大人になったら夢を見なくなるのだろうか?

大人になったら夢を見てはいけないのだろうか?

違うと思う。大人だからこそ夢を持って生きなければならないはずだ。 

「いい大人は夢を見ないって言ったな」

「そうじゃない」

「大人だからこそ夢を見るんだ」

「大人になったら背も伸びるし、力も強くなる。財布の中の小遣いだってちったぁ増える」

「子供の頃はただ見るだけだった夢も大人になったら叶えるチャンスが大きくなる」

「夢を見る意味が大きくなる

【戦姫絶唱シンフォギア 風鳴 弦十朗】 

子供の頃は、建築士に憧れもした。劇的ビフォーアフターの匠に憧れていた。

エネルギーや発電、環境問題を解決する研究者もかっこいいと思っていた。

 

いつの間にかその思いは薄れていて

今は建築士にも研究者にもそこまで憧れている訳では無いけれど、

そういう夢を持ってたから子供の頃は学校も勉強も遊びも楽しかったのだと思う。

 

毎日、自分の夢を語っていたわけでも心にとめていたわけでもないが

夢を持っていたからこそいろんな事が毎日、楽しかったのだ。

夢とは

そもそも、子供の頃に描く夢っていうのはだいたいが" なりたい職業 "が定番な気がする。

別にそれが良い悪いという話ではないです。

でも、そう考えると子供の頃の僕の夢は残念ながら叶わなかったわけだ。

後悔はしていないけどね。少し寂しい。 

 

だけど、これから大人の僕が持つ夢なら叶えられる可能性はある。

夢は職業だけに限定されるものじゃないし、大きいも小さいも関係ない。

 

こんなライフスタイルを送りたい。あれやこれやを成し遂げたい。

あんな人と結婚したい。死ぬまでに〇〇へ行きたい。△△な場所で暮らしたい。

などなど

 

さて、僕の夢はなんだろう。

これはもう、自分と向き合って探すしかないですね。

もういい大人なんだから夢の1つや2つ持ってさ、叶えていかないと!!